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2005年12月09日

益田一さん 死去

益田一海洋生物ガイドブック

益田一さんが亡くなられました。

今では当たり前になっていることだが。
益田さんが始められたことがいろいろある。

日本で初めて「生きている」サカナの図鑑を作られた。
それまでは、釣った後の死んだサカナの図鑑しかなかった。

フッシュ・ウォッチングなる言葉というか行為も、益田さんが流行らせた。
それまでは、「潜り」といえば、スピアーなどのサカナを捕る行為を意味していた。

沖縄の座間味には、マスダ岩というダイビング・ポイントもあります。
ここで多くのサカナの写真を撮られ、図鑑にも掲載されています。

偉大なる先駆者ですね。
ご冥福を祈ります。


朝日新聞 12月9日
水中写真家の益田一さん死去
益田一さん(ますだ・はじめ=水中写真家)は8日、脳梗塞(こうそく)で死去、84歳。通夜は12日午後6時、葬儀は13日午前11時30分から静岡県伊東市吉田1026の2のセレモニーホール白寿で。喪主は長女安規子(あきこ)さん。自宅は同市八幡野1097の37。
水中写真のパイオニアとして知られ、伊豆海洋公園ダイビングセンターの所長を3月まで務めた。

伊豆海洋公園
当ダイビングセンターは1964年益田海洋プロダクションにより設立されました。
1966年に東海大学海洋学部の潜水訓練センターを開設以来、益田一氏の下、ダイビング事業に努力してまいりました。
益田氏指導の下、当訓練センターの出身者は6,000名を超え、水産試験場、水族館、海洋調査会社、海洋レジャー関連などの仕事に多くの方々が活躍しております。

須賀次郎の潜水
日本潜水会の誕生
伊豆海洋公園が東拓海洋公園として発足したのは1964年(昭和39年)である。不動産開発会社であった親会社の東拓が伊豆高原の別荘地を開発した。別荘には海水浴場がほしい。しかし、このあたりは、富士火山帯の噴出溶岩地形で、海水浴が出来るような砂浜がない。そこで、大きいプールを作った。しかし、ここに海水浴プールを作るにあたって、リゾートホテルに見られるようなひょうたん型のような変形プールではなく、競技用の規格を備えた50mプールを作ったことは、企画者であった益田一さんの先見であり、このプールが無かったら、私たちの競技会は育たなかった。そして、レースのみならず、プールでスクーバの練習をするプログラムもこのプールで生まれた。


日本産魚類生態大図鑑日本産魚類生態大図鑑
益田一, 小林 安雅
This Living OceanThis Living Ocean 海洋生物の世界
益田一
日本の海水魚日本の海水魚 DVD映像図鑑

投稿者 ken : 2005年12月09日 23:53

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フリートーク(海岸通り) 伊豆海洋公園ダイビングセンター(IOP)の創始者であり、水中写真家であり、日本のスクーバダイビング界をリードしてこられた益田一氏がお亡... [続きを読む]

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